サクラ大戦V妄想回顧録

夢か現か…思い入れ深く『サクラ大戦』をプレイした結果、そこでの体験がリアルなもう一つの人生経験のように感じている…そういう方々が、実はプレイヤーの中には多々いらっしゃるのではないかと思います。サクラとはそんなミラクルが生じた作品であり、わたくしもそのミラクルにあてられた一人。そんなわたくしが、かつて“太正”時代に“経験”した事を記憶が混濁したまま綴ります。今思い出しているのは1928年以降の紐育の記憶。これは新次郎であり、現代の他人であり…という、人格の混ざった記憶それ自身による、混乱した、妄想回顧録です

コーヒー訴訟 -BLACK SUITS- / 弁護士サジータ・ワインバーグの切り札としての法廷での一杯 / 珈琲追想録シリーズ③

法廷に立ったのは、あれが初めての経験でした。

 

いえ、あのもちろん、被告としてではないのですが…w

 

ええ、もう、大変に緊張しました。

 

弁護士であるサジータさんの切り札かつ幕引き係として、最終弁論の真っ只中に放り込まれてしまいましたので。

 

もうあまりああいう経験はしたくないですね…w

 

f:id:RBR:20210812150352j:plain

 

**************

 

事件のあらましはこうです。 

 

原告はカルロ・クレメンザ氏。移動式ダイナーで買ったコーヒーを零した結果、脚部に三度の火傷を負った原告が、コーヒーメーカーの製造業者である《KANZAKI》こと KANZAKI OF AMERICA を提訴した事件でした。

 

コーヒーを零して負う火傷がこれほど酷いものだということを消費者は知らないのだから、警告が無いのは欠陥であるし、そもそも熱すぎるコーヒーには根本的な欠陥がある。等々と原告側は主張しました。

 

米国では裁判の結果としての賠償金に、何か一件突出した高額の評決が出てしまうと、それに続くようにして、その事件を模倣したかような類似訴訟が多発する傾向があります。

 

特に当時は新たな蒸気工業製品が多数世に出ていた時代でしたので、その蒸気製品によって損害を被ったという形の訴訟が相次いでいました。そしてその内何件かは製造業者側が敗訴しており、既にかなりの高額判決が出ているような状況でした。

 

この事件もまた、そういった風潮に便乗した模倣訴訟のひとつではないかと見られていました。原告側が訴えた先が、問題のコーヒーを実際に提供したダイナーではなく、コーヒーメーカーの製造元である KANZAKI であったのも、期待し得る賠償金の額が関係しているであろう事は明白でした。

 

原告自身はというと、やや風采のあがらない調子の人物で、特段特徴のあるタイプではありませんでしたが、どうやらイタリア系マフィアの息が掛かっている人物らしく、下働きというか、要は当たり屋として使われているのではないかという気配がありました。この提訴も恐らくちょっとした、しかし上手くすれば大きな当たりを見込めるシノギ稼ぎのつもりだったのかもしれません。

 

ジータさんは被告である企業側、KANZAKI OF AMERICA の弁護を担当していました。

 

そしてサジータさんはその裁判の助っ人として、なぜか僕とジェミニに助力を要請して来たんです。

 

曰く、いつものコーヒーを淹れて欲しい。とのことでした。

 

どういう事かと仔細を問えば、最終弁論が開始した後、タイミングを測って完璧な温度のコーヒーを陪審員たちに “提出” してほしいとの事でした。

 

コーヒーの温度が鍵になっている事件なのだから、それこそが重要である、と。

 

完璧な温度… 言うのは簡単ですが、実際には結構な難行です。

 

ジータさんの仰る僕のいつものコーヒーとは、つまりはハンドドリップ式で淹れたコーヒーの事であり、ハンドドリップは一度に何杯分も淹れられるものではありませんから、12人分(と、恐らく許可が下りるであろうから、裁判官の分も合わせて13人分)ものコーヒーを、果たしてどう用意すべきか、困り果てました。

 

そもそもどこでコーヒーを淹れれば良いのか。裁判所内にお湯を沸かすところはあるのかどうか、等という実際的な問題までが持ち上がり、結果として大変に緻密な計画が必要となってしまいました。

 

さらにサジータさんはジェミニにも同様にコーヒーを依頼しました。こちらはいつもジェミニが淹れているようにパーコレーターで用意してくれれば良いとのことでした。パーコレーターであれば複数人分を用意する事も然程難しくない為、こちらはもう少し難度が低そうでした。

 

そして僕の淹れるドリップコーヒーはなるだけ華氏190度(摂氏90度)に近い温度で。ジェミニの淹れるコーヒーは短時間で熱傷を生じさせる恐れのない温度=華氏155度(摂氏68度)以下の温度で頼みたい、とのことでした。

 

何とも不思議な依頼ではありましたが、成すべき事だけは明確でした。とにもかくにもやるしかない、という事で、事前に建物内を偵察する事になりました。

 

当時出来たばかりの裁判所でした。そこに赴く事になりまして… はい。フォーリースクエアの、例の裁判所です。

 

f:id:RBR:20210812141250j:plain

実際はピカピカの新築であるにも関わらず、何とも古めかしく重厚なローマ風の建築で、入っていくだけで緊張しましたね。場所に威厳と風格を持たせるというのも中々難儀な事だな、と思いました。

 

f:id:RBR:20210812141326j:plain

探索の結果、給湯出来そうな設備だけは何とか探し出したのですが、しかし結局は場所が無く、シアターのワゴンを運び込む事によって諸々を準備する事になりました。さらにはどう考えても人手が足りないという事で、プラムさんと杏里くんにも手伝ってもらう形で、結局は4人で挑むことになりました。

 

ともかくもサジータさん曰く、今回の裁判は僕のコーヒーこそが決め手になるはずである、と。

 

さらに、冗談では無くこの裁判の勝敗によって、今後の紐育の… ひいては全米のコーヒー事情そのものが左右されるはずである、とも仰っていました。

 

責任は重大でした。

 

**************

 

f:id:RBR:20210812141423j:plain

 

そして迎えた当日。まずは傍聴席で審理の流れを見守ります。

 

冒頭陳述に続き、原告側の立証、被告側の立証と続き、緊迫したやり取りが続きます。

 

原告はコーヒーをこぼしてしまった自分の不注意を認めながらも、それでも尚、いかに酷い火傷を驚くべき短時間の内に負ってしまったか、という部分を主張して来ます。

 

一度自分の不注意を認めるという、自らに不利なスタンスから話を始める事は聞き手の信頼を得る事に繋がり、徐々に法廷内が原告側に同情的な空気に傾いていきます。単純ながら効果的な心理作戦を展開出来ているという事で、相手側の弁護士も的確な腕を持った人物のようでした。

 

さらには最近米国に進出して来た気鋭の日本企業である KANZAKI 製品に対する苦情の例を羅列するなど、やや排他的な大衆心理にさえ訴え始めるような主張さえもが為されて来ます。

 

しかしその点に関してはさすがにサジータさんは見逃さず、都度的確に「意義あり!」と異議を示し、収集されたデータの実態、製品全体の生産量に対する苦情の比率、さらにその苦情の内容の実質にまで深く踏み込み、KANZAKI がいかに優良な企業であるかを冷静に述べていきます。

 

おお… 本物の「意義あり!」だ… などという呑気な感慨もまた一瞬頭によぎりつつも、審理は白熱して行き、その行方を、手に汗握りつつ見守り続けました。

 

結局サジータさんの防御があまりに完璧な為、これ以上この件に踏み込むと却って不利になると察したのか、やがて原告側はKANZAKI そのものへの批判というスタンスをずらし始めます。

 

翻ってサジータさん側はあくまで KANZAKI 製品の優良さを述べるに留め、原告側の主張の穴そのものには触れずに置くという戦術を採っている模様で、素人目にはややじれったく思うような時間が過ぎていきます。

 

そして雪崩れ込む最終弁論。

 

そろそろかな…というタイミングに差し掛かる頃には、サジータさんから目配せで合図があるはずでした。

 

じりじりとした時間が過ぎていき、緊張感だけが募っていきます。

 

やがて原告側が最後の主張を始めた時、サジータさんがこちらを見て頷きました。

 

一瞬後、「全くお話にならない!」と発したサジータさんの大喝を後ろに、僕とジェミニは法廷を飛び出し、外で待機と準備をして下さっていたプラムさんと杏里くんに合流する形で、急ぎでコーヒーを淹れ始めました。

 

結局法廷外の廊下に運び込んだワゴンで準備する事になってしまったので、通り掛かる人に「いくらだい?」と聞かれ「すみません、売り物じゃなくて…」と説明する、というやり取りを四度もする羽目になってしまいました。…最後の辺りはもう、食い気味になってましたね。「おいくら…」「売らないです」という…w ああもう!と思いつつも、残念そうに去る人々にはちょっと申し訳なく思いながら、急ぎで準備します。

 

なんとか13杯のコーヒーを均等に淹れ終わり、法廷入り口のドアをうっすらと開けると、サジータさんがまさに最後の熱弁を奮っていらっしゃいました。

 

「- A cup of coffee is worth a thousand words.」

 

百聞は一杯のコーヒーに如かず、なるサジータさんのお声を切っ掛けに、今だ!と淹れたてのコーヒーを伴って法廷内に入ると、まるで我々の入場コールをするかのような調子でサジータさんの演説が続きます。

 

「コーヒーが高温なことは常識であります。ですから本来ユーザーこそがその点に注意すべきです」

 

「コーヒーの美味しさはその熱さにこそ由来します。熱くないコーヒーは美味しくない」

 

「もしこのような事件で企業側を敗訴させるようなおかしな判例が出てしまえば、企業はもはや熱いコーヒーを消費者に提供してくれなくなってしまうでしょう」

 

「すなわち、熱くて美味しいコーヒーを飲めるという大多数の消費者にとっての利益を奪うことになります」

 

「火傷を負った原告には同情いたしますが、自らの注意と常識によって回避できる、あるいは、回避すべき事故の補償までをも、訴訟を通じて被告企業に負担させるべきではありません」

 

「そのような事故の補償は、損害保険制度に拠った方が、効率的で望ましいと思われます」

 

「今ここに、明らかな証拠をお持ちしました」

 

入廷の際はひとりである必要があるとのことで、法廷中の視線を一身に浴びながらも僕が代表として入廷し、そろそろと陪審員席にコーヒーを配っていきます。

 

一体なんだこの子供は…という法廷中の困惑した空気が全身に刺さって来ましたが、愛想笑いで誤魔化しつつ粛々と配ります。

 

しかしそこでつい「あ、熱いのでお気をつけて」と日本人根性を大いに発揮したお声がけをしてしまい、即座に響き渡った大きな咳払いにビクリと後ろを振り返ると、案の定サジータさんが鬼の形相であり、結果として脂汗を流しながら配る羽目になりました。

 

なんとか最後に裁判官にもコーヒーをお配りしたところで「赤いカップが熱いコーヒー、青いカップが適温のコーヒー…つまりは火傷の恐れのないコーヒーです」とサジータさんが解説します。

 

曰く、二つのコーヒーは全く同じコーヒー豆で淹れたものであり、しかし温度に大いに違いがある。果たしてどちらの方が美味しいか、実際にご判断ください、とのことでした。

 

実はその説明にはややツイストがありました。確かにどちらのカップも同じコーヒー豆で淹れたものである事は確かなのですが、実際は温度だけではなく、淹れ方自体が全く違っていました。

 

赤いカップは僕、そして僕の手法を真似る形で手伝ってくださったプラムさんと杏里くんがドリップ式で淹れたコーヒー、そして青いカップは、ジェミニがひとりでパーコレーターで大量に作っておいたコーヒーを適温まで冷ましたものでした。

 

ジータさんの説明はその点に注意が向かないよう、実に巧みに空気を操る抑揚とテンポで展開されており、事情を織り込み済みの人間が見れば唸りを上げる他ない程に巧妙であり、そこはさすがの俳優力であると言えました。

 

陪審員達は皆一様にそれぞれのカップを飲み比べると、皆何事か納得したような顔で、互いに頷き合っていました。裁判官もまた同様に飲み比べると「確かに。赤いカップの方が美味しいですね」と述べました。

 

「What !?」と思わず抗議の声を上げようとするジェミニを容赦無く遮りつつサジータさんがまとめに入ります。

 

「熱くないコーヒーは美味しくない。当然のことです」

 

陪審員一同、皆一様に頷いていましたが、ひとりだけ「…俺ぁこっちの方がウマいと思うんだけど…」と、青いカップを掲げながらぼそりと告げる人がおり『救世主いた!』という顔で涙目のジェミニが見つめていました。どうやら風貌からしても南部出身らしき中年男性で、恐らくジェミニと同様、パーコレーターでのコーヒーの味に慣れ親しんだ人物のようでした。

 

「なぁこっちの方がウマくない?」と尚も周りに問いかける男性でしたが、無情にもそこでピシャリと槌は叩かれ、評決が降りました。

 

f:id:RBR:20210812141720j:plain

 

結果、訴えは棄却、原告側の敗訴、となりました。

 

熱いコーヒーの社会的効用、そして裁判の判決が社会に及ぼす影響による損失とを、ごく冷静に比較衡量する事に徹したサジータさんの的確な戦術の勝利でした。

 

ですがその戦術を一貫する為には、審理の最終局面に件のコーヒーが無事法廷に到着し、さらに確かな説得力を持つ事を前提にして全体の流れを組み立てる必要があった訳ですので、ある意味では、サジータさんが僕たちの事を信頼してくれたからこその勝利だったとも言えます。

 

最終的に “美味しいコーヒー” の実物が登場する事を見越していたからこそ、サジータさんは序盤の攻防で下手に相手方を揺さぶらないという方針を採っており、だからこそ最後のひと押しが幕引きとして、劇的な効果を発揮した訳ですから。

 

裁判終了後、ふてくされるジェミニをみんなでなだめつつ外に出ながら、それにしてもコーヒーの淹れ方自体が違うのはちょっとずるいんじゃ…とサジータさんに素朴な疑問をぶつけてみたのですが、実際はふたつのカップの味の差よりも、赤いカップのコーヒーの美味しさと温度こそが重要なのだから別に良いのだと、にべもありませんでした。嘘はついていないし、とも。

 

すると後ろから「なぁさっきのコーヒー淹れたのお嬢ちゃんかい?」と声がしました。最後まで青いカップを推していたおじさんで、話を聞いてみればやはりテキサス出身なのだそうで、ジェミニとはしばらく地元話で盛り上がりつつ「俺はお姉ちゃんのコーヒー好きだったよ!」等々と、馴染んだコーヒーの味を大分褒めてくださっていました。

 

おかげでジェミニも元気を取り戻し、我々も事無きを得た… 訳でも無く、そこはやはりサジータさんも陳謝と感謝を重ねつつ、特上ステーキ三枚重ねで許してもらう事になりました。

 

f:id:RBR:20210721042600j:plain

開拓時代からお馴染みのカウボーイ御用達アイテム、パーコレーターで淹れたコーヒーは独特の野趣に溢れた魅力こそあれ、コーヒーを繊細に味わうには不向き… と言いますか、ひとことで言ってしまえば、ぶっちゃけ不味い、というのは世間的にも常識ではありましたが、やはりちょっとジェミニには悪い事をしたなと思います。作戦を考えたのはサジータさんですけど…w

 

その日の夜は5人で打ち上げでした。無論お酒ではなく、コーヒーに合う食事とおつまみを用意して、コーヒーを淹れて。

 

やっぱりアンタの一杯は魔法だよ、と、サジータさんはまた、とても嬉しいお褒めの言葉を下さいました。

 

ヘトヘトに気疲れした日でしたが、何とか役割を果たし仰せて、お疲れ様のコーヒーが心地良く、すごく安心しましたね。

 

あの日の終わりに頂いた一杯は格別で、とっても美味しかったです。

 

思い出の一杯ですね。