サクラ大戦V妄想回顧録

夢か現か…思い入れ深く『サクラ大戦』をプレイした結果、そこでの体験がリアルなもう一つの人生経験のように感じている…そういう方々が、実はプレイヤーの中には多々いらっしゃるのではないかと思います。サクラとはそんなミラクルが生じた作品であり、わたくしもそのミラクルにあてられた一人。そんなわたくしが、かつて“太正”時代に“経験”した事を記憶が混濁したまま綴ります。今思い出しているのは1928年以降の紐育の記憶。これは新次郎であり、現代の他人であり…という、人格の混ざった記憶それ自身による、混乱した、妄想回顧録です

九条昴氏による『黄泉比良坂』論 / 上空300米での対話 / 九条昴問答①

すみません、ここしばらく紐育生活でのコーヒーの思い出について徒然のお話をお届けしていたんですけれども、一旦それを中断して、少し、別のお話をしようかと思います。

 

あの、最近暑い日が続いていたので、ふと思い出した事がございまして。

 

昴さんとお話した時の記憶なんですけれども… それが、凄く奇妙で、不思議な体験で…

 

なんと言いますか、あれは…

 

昴さんによる、哲学的問答でもあり、精神修練、あるいは魔術修行、のようなものでした。

 

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ええ。すみません、急なんですけれども。

 

何となく、今、お話しておかなければいけない気がして…

 

はい… 夏の終わりに。

 

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8月の終わりの、ある暑い夏の日の夜。

 

僕はとある建築中のビルの、その作りかけの最上階にいました。

 

未だ外装も何も無い、剥き出しの鉄骨の骨組みの、その張り出した突端にいたんです。

 

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気温は高く、上空300mのその中空には、暑熱による気圧差によって威勢を増した緩い風が吹き荒れていました。

 

帝都からすれば寒冷であると思われがちな紐育ですが、やはり暑い日は暑いです。その時も、地表を遠く離れた上空、しかも夜半近くでありながら、それでも全く寒くはありませんでした。

 

珍しくもハリケーンが近付いていたせいもあったと思います。紐育にしては酷く湿度の高い日で、嵐の気配がする、どことなく不穏な、生緩い夜でした。

 

紐育を一望する眺望。足元には星の海の如く輝くマンハッタンの夜景と、濛々と立ち昇る都市一流の蒸気群が広がってはいましたが、とてもその景観を楽しむ余裕はありませんでした。

 

少しでも足を滑らせようものなら、言わずもがなそこで終幕です。

 

ほんの肩幅程度しかない細い鉄骨の上で、僕は落下すまいと必死でした。片膝と、そして両手を突き、必死に平衡を保っていました。

 

ーーどうしたんだい? …前は余裕だったじゃないか。

 

その声の主は、視線の先… 僕が怖々と膝を突いている箇所よりもさらに数歩先に進んだ、まさしくその鉄骨の切っ先、最尖端に佇んでいました。そして普段とまるで変わらない自然な立ち姿と、ごく柔和な微笑みでそう聞いて来ます。

 

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確かに僕は以前にも建築中のビルの鉄骨に登ったことがありました。それも、決闘の為に。その時も、今と同じく鉄骨を足場としていましたが、その最中はなぜか高さも気にならず、鉄骨の上で大立ち回りを演じたものでした。

 

しかしそれはひとえに、決闘の相手でもあり、また今目の前にいる人物でもある、その人を救いたい、少しでもこちらの気持ちを伝えたい、と必死だったからです。

 

九条昴その人のことを…

 

ーーまあ、あの時はもっと低かったからね。せいぜい十数メートルだったから…

 

昴さんはそう仰り、あくまで高さの問題であろうと結論付けようとしていらっしゃいましたが、無論問題はそういうことではありませんでした。

 

あの時は昴さんと決闘せねばならなくなるという進退窮まった状況と、星組隊長としての使命感があったればこそやり果せたのですが、まさかただお話をする為だけに、またしてもこのような場所に来る羽目に陥るとは、思ってもみませんでした。 

 

しかも実際、高さも問題でした。以前はあくまで三、四階程度の高さで跳ね回っていた訳ですが、ここは地上の様子も見えない程の、本物の中空でした。

 

つまりは、落ちれば即ち落命必至、ということでした。

 

一体なぜこんな事態になってしまったのか、ここに来た事を早くも後悔しかけていました。

 

自分としてはただ、プラムさんと昴さんが楽しそうにお話していらっしゃったのを、シアターでの勤務が終わってその帰りがけにお見掛けしたので、何のお話をされていたんですか? と問うただけだったのですが…

 

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物理の話だ。霊子力学の話だよ。と、昴さんは仰いました。

 

霊子力学… 面白そうですね。そう素朴に返すと、昴さんはこれこれ然りとお話の概説を下さいました。

 

そのお話はプラムさんお得意の科学の領域から始まり、宇宙的な展開を経て、昴さんのご専門であるお能の奥義にも繋がっていくような、まるで宇宙の神秘を解き明かすかのようなお話でした。

 

大変に興味深いお話でしたので、ぜひもっと詳しく伺いたいです、とそう申し出ると、昴さんは少しご思案なさるような表情をされた後… そういえば君は、彼の甥だったね。と仰り、しかる後に、では、ふたつ聞きたいことがある、と仰りました。

 

何でしょう? 何でも聞いてください! と、昴さんに何がしか専門的なお話を伺える事が嬉しくて、なるだけ元気に行こうと、そう勢い込んで答えると…

 

君は、誰かに恋焦がれたことがあるかい? と、昴さんは仰いました。真正面からこちらを見据えながら。

 

いきなりそんなことを尋ねられたものですから、もちろん慌てました。

 

狼狽しましたし… 問いの内容もさることながら、こちらを見据える昴さんの眼差しが驚く程真っ直ぐでもあり、まるでその瞳に射抜かれているかのようにさえ思えました。そしてそう感じた途端、動悸が激しくなって来て、顔全体が瞬く間に紅潮していくのが、自分でも分かる程でした。

 

すると、昴さんはくすりと笑みを漏らし、そうか、分かり易いな、と仰り、ではもうひとつの質問だ、とお続けになられたので、幸いにしてその尋問からは解放されました。

 

そしてもうひとつの質問とは、こんな話、本当に興味があるのかい? というものでした。少々小難しい話になるが… と。

 

先程の問いかけから解放された安心感もあり、もちろんです、とお答えしました。

 

するとその瞬間、昴さんのご表情が… いえ、表情そのものは変わらず柔和に微笑んだままでいらっしゃいましたので、実際には、ほとんど変化はなかったようにも思いますが…

 

何と言いますか、雰囲気が… 昴さんを取り巻く空気が、これまで見た事がなかった色に、ふっと変じたように思われました。

 

その一瞬、何かが通じ合ったかのような… いえ、そうではなく… 何かが通じ合う、その可能性のきざはしを、つまりは何かの予感を、瞬間、垣間見たかのような…

 

そんな、ほんの一瞬の淡い期待が、昴さんのご表情に浮かんだように感じられました。

 

その瞬間、まるで昴さんの体温を感じられるかのようにすら思えたんです。

 

すると昴さんは軽く頷き、では、場所を変えようか。良い場所がある、と仰り…

 

結果、当時建築中であったビルの天辺、その鉄骨の突端で、足を竦ませることになった訳です。

 

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ーー君はここが、高いと思うかい?

 

思うかどうか、ではなく、実際に超高高度でした。我々が今いる鉄骨の尖端は、後にエンパイアステートビルディングとして知られるようになるビルの、建設途中のその頂上に他なりませんでした。

 

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高いと思うか。

 

最初は単に何かのメタファーかと思ったのですが、問いかける昴さんの表情に含みはなく、驚くべきことにそれは、言葉そのままの意味で仰っているご様子でした。しかし、であれば、尚更どういうつもりなのかその真意が分からず、果たして途方に暮れる事になりました。

 

ーーでは問い方を変えるが… 黄泉に入ったイザナギの話を思ってほしい。イザナミに追われて坂を逃げ帰ったイザナギは、どうした?

 

イザナギイザナミ…?

 

紐育の中心で不意に耳にするような言葉ではありませんでしたから、一瞬たじろぎはしました。

 

しかし昴さんの清明なお声で発話された「イザナギ」「イザナミ」という言葉は、まるでそれ自体が精神を宿したかの明瞭さで響きましたので、ややもたつきつつも、すぐに理解を取り戻す事が出来ました。

 

また帝国海軍人であれば神話にも通じている事は自明として、昴さんは一切の前置きを排してお話なさっていました。当然の事で、僕自身その辺は良く心得ておりましたので、改めて伊邪那岐伊邪那美の話を思い起こしていました。

 

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我が方の古事記日本書紀において、男神伊邪那岐と女神・伊邪那美の二神による国産み神話は最重要とも言えるくだりであり、同時に「生」と「死」の出現である、根の堅洲国(ねのかたすくに)への往来もまた非常に重要な話です。

 

国産みの二神の内一柱、森羅万象を生み落とした伊邪那美は、最後に火の神迦具土を生む過程で火傷を負って亡くなり『根の堅洲国』こと黄泉の国へと旅立ってしまいます。伊邪那美に今一度会いたい一心の伊邪那岐は、彼女を追って黄泉の国へと参じますが、既に黄泉の食物を口にした伊邪那美は帰ることができません。伊邪那美は何とかして現世に帰還すべく黄泉津神たちと話し合うことにするのですが、その間、決して私の姿を見ないで欲しい、と伊邪那岐に告げます。

 

絶対に見ない。そう約束した伊邪那岐でしたが、長く待つ内に痺れを切らし、結局は伊邪那美の様子を覗き見てしまいます。伊邪那岐が垣間見た伊邪那美のその姿は、既に黄泉の国のものとして腐敗し、蛆の湧いた姿でした。

 

恐れた伊邪那岐は現世へと逃げ去ろうとします。そして黄泉の国と地上との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)の麓にまで逃げ帰り着くと、その入り口を『千引きの大岩』で塞ぎ、完全に伊邪那美と離縁する事となってしまいます。

 

辱めを受けた伊邪那美は「お前の国の人間を日に千人殺してやる」と言い放ち、受けた伊邪那岐は「ならば私は産屋を建て、日に千五百人の子を産ませよう」と告げるのでした。

 

それこそがよく知られた『黄泉比良坂』の神話です。

 

そして昴さんが仰っているのは、その『坂』の、まさに麓で起きた出来事のようでした。

 

伊邪那美に追われて坂を逃げ帰った伊邪那岐は、どうしたか。

 

追っ手である黄泉醜女(よもつしこめ)の一群に追い立てられながら、黄泉比良坂の麓まで来た伊邪那岐は…

 

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桃を投げた。

 

答えが分かりましたので、そう昴さんに告げると、その通りだ、と仰いました。

 

ーー黄泉比良坂の麓に生えていた仙木に成った『意富加牟豆美命(おおかむづみ)』…伊邪那岐は、聖なる実であるその桃の実を、追っ手に投げつけ、事無きを得た。だが…

 

だが?

 

ーー “麓” というのは “どちら側の麓” の事なんだろう?

 

そう、昴さんが仰った瞬間、何故かしら、ぐらりと足場の鉄骨が揺らいだような気がしました。

 

一体自分が何を感じたのかさえ分かりませんでしたが、ただ、じっとりと、額に嫌な汗が滲んで来ました。まるで理性が何事かを認識する以前に無意識がそれを拒否したかのような、不思議な感覚がありました。

 

そして息を呑みながらも、どちら側…とは、それは、どういう意味ですか? と、問い返しました。

 

ーー桃の木は、坂を “昇った” 先にあったのか、坂を “降った” 先にあったのか、そのどちらなのか、という事だよ。

 

昴さんはごく平明にさらりと口にしましたが、その問いは核心を突いていました。イメージの脆弱さを、その曖昧な部分を暴き立てられたかのようでした。

 

根の国、という言葉から、それまでは何となく根の堅洲国と言えば地下世界なのではないかと想像裡に思い描いていました。しかし、思えばそれと断言することは出来ないのではないか、という事に、まさにその時、気付きました。

 

伊邪那岐は果たして、坂を昇ってきたのか、坂を降ってきたのか…

 

そうなんです。これは後に調べて知った事なのですが、実は本邦の記紀神話研究には『黄泉の国』『根の国』の位置解釈問題というものがございまして。

 

果たして黄泉の国こと『根の堅洲国』が、坂の下こと地下にあったのか、あるいは坂の上こと山の上にあったのかは、今現在も明確な回答が出ていない、謎に包まれた部分だったのです。

 

ひとつひとつパーツを分解していくと幾重にも説が出てくるので、ここでは仔細を省き、概説だけお伝えしますが、例えば…

 

『ヒラ』は元来「崖」を表す言葉であり、『サカ』ではなく、こちらの方が傾斜面を表しているのではないか。 

 

『サカ』とは、傾斜のある道のことではなく、世界の堺という意味の『サカ』なのではないか。 

 

イザナギが黄泉の国から逃げ帰る時「坂を昇って逃げた」のか「坂を降って逃げた」のか、古事記本文の記述からは特定不能である。

 

しかしそもそも、なぜ特定不能な書き方をしているのか。 

 

死者の霊魂は「山に登る」「山に隠れる」など、万葉集などの異界感からしても、むしろ古代日本においては、上方に異界があるというイメージがある。 

 

だが「上津国」に対する「下津国」という表現、根の国というワードや、虫が這い回るところ… 等、地下をイメージさせる要素も豊富にあり、山中の地面下、というイメージもまた否定できない。

 

等々、現在の研究に於いても幾重にも疑問が登り、神話の記述をいかようにも解釈できます。

 

…しかし。

 

ーー本当は、上も下も、なかったのだとしたら?

 

昴さんが発したそのお言葉の意味を解釈する前に、どくりとまず鼓動が跳ね上がりました。

 

まるで心臓を鷲掴みにされたかのようで、またしても足元がぐらつくような感覚が襲って来ました。

 

昴さんはつまり、神話に於けるその不明瞭な記述や、それにまつわる種々の説が、実はそれぞれ全てが、真実を指していると考えると、どうなのか、と仰っていたのです。

 

『黄泉の国』『根の国』が、山の上にあるのか、地下世界にあるのか、説がそれぞれ矛盾しているようでいて、 実は、そのいずれもが、真実であるならば。

 

であるなら…

 

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ーー君はここが、高いと思うかい?

 

今一度そう問う昴さんの瞳は、まるで全ての光を吸い込むかのようにただ漆黒であり、身体も、魂も、我が身の全てがその瞳の中へと落ち込んで行きそうな…

 

あるいは、昇って行きそうな気がして…

 

自分が今必死にしがみついてるはずの鉄骨でさえもがすっかり意味を失くし、天も、地も、その全てがぐらりと平衡を失い、混ざり合っていくかのようでした。

 

 

《続く》

 

 

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