隠れし王の顕現 / 彼の世と此の世の境目で / 九条昴問答②
前回からの続きです。
茹だる熱帯夜。上空300m。当時建築中であったエンパイアステートビルディングの頂上付近。
大きく中空に張り出したその剥き出しの鉄骨の突端で、昴さんと僕との哲学的問答は続いていました。
ーー本当は、上も下も、なかったのだとしたら?
今現在も尚研究が続いている、記紀神話に於ける『黄泉の国』『根の国』の位置解釈問題に対して、昴さんは非常に大胆な仮説を提示していました。
根の国から逃げ帰った伊邪那岐(イザナギ)は果たして、坂を降ってきたのか、坂を昇ってきたのか…
ほんの肩幅程しかない細い鉄骨の上。両手と片膝を突き、平衡を保ち、必死に落下すまいとはしていましたが、足元がぐらつくような感覚は度々襲って来ていました。
上も、下も、なかったのだとしたら…?
しかしその件について考えようとする前に、昴さんは唐突に別の話を始めました。
ーー九条家はね、代々、京の守護を担当して来たんだ。一体何からだと思う?
降魔…ではないのですか? そう問う前に先回りした昴さんは、それは違う、と仰いました。君も知っているだろう。降魔は北条氏綱の件と大和の件があって以降の事だ。言わば最近の話なんだ、と。
そしてひとこと、『蟲』だよ、と加えました。いずれにせよ、異界からの侵入者だと思ってくれて構わない、とも。
ーー京の街は、実はそれ自体が巨大な装置でもあるんだ。碁盤目状の構造には異界と接続する為の霊的な意味がある。さておき…
僕はとにかく、昴さんのお話に食らい付こうと必死でした。どんどん先へと、そして予想外の方向へと進んでしまう昴さんのお話に置いて行かれないよう、鉄骨の存在を両手で確かめながらも、必死に集中していました。
ーー大久保長安という金春流の能楽師がいてね。優秀な男だった。彼は徳川の奉行でもあったから、他ならぬ彼こそが東海道を整備し直した訳なんだが…
大久保長安…! 昴さんは事もなげに口にされていましたが、彼こそは、三年前に帝都で起きた騒動『黄金蒸気事件』の中心人物に他なりませんでした。
江戸の街の発展と平和を願う大久保長安の亡霊が、しかしその想いが故に怨霊と化し、試練となり、帝都・巴里華撃団の前に立ち塞がったと。
星組隊長としてミッションリポートを読んだ僕は事件の仔細を承知していましたが、昴さんはご存知ないようで、まるで近しい知り合いでもあるかのようにお話しされているのは、生前の彼の事のようでした。
ーー東海道とはつまり、京と江戸とを繋ぐ道だ。ところで君…
そもそも黄泉比良坂はどこにあるのだと思っている? よもや出雲だと思ってはいまいね? と昴さんは仰いましたが、それは単なる念押しであったと思います。僕もさすがに、どこか特定の地が “本物” の黄泉比良坂だと思ってはいませんでした。島根の方々には少々申し訳ないですけれども、それまでにも既に存在していた種々の伝承が出雲系列の伝説として編纂されたこと自体、時の朝廷由来の政治状況の発露が大いにあると思われるのは当然でしたし、それは原初的な伝承としての黄泉比良坂の神話的本質とは別のものとして、慎重に扱う必要がある事は自明でした。
との意を込めて軽く首を振ると、昴さんは小さく頷き、その通りだ、と仰いました。
ーー黄泉比良坂は、何処からでも、何処にでも通じているんだ。境界を象徴する場所であれば、ね。だかこらこそ、大きな象徴を用意すれば、巨大な力をも生み出せる。
昴さんのお話は、いつの間にか東海道のお話に戻っているようでした。
ーー今でこそ帝都は発展したが、彼の地は長らく単なる湿地だった。太田道灌によって江戸が成る前、そもそも彼の地は何と呼ばれていた?
…坂東。
ーーなぜ坂東という?
それはその… 峠の東側だからです。足柄峠とか、関東に入る前のあの辺は、山が多いですし…
ーーそう、かつては足柄の坂とも呼ばれていた、足柄山だ。武蔵に入る前の、あの辺一帯の急峻な山々は坂道でもあるから、坂の東、坂東と呼ぶようになったのだ、というのが、通説になっている。しかしね…
そこまで聞くと、僕にも先程から感じていたその違和感の正体が分かりました。思えば確かに…
ーー峠は峠だ。あるいは、山々が多くあるのだから、山の東、でも構わない。有名な足柄山もあるのだからね。何故わざわざ「坂」と言う必要がある?
またしても核心を突く昴さんの指摘に、僕はただ狼狽するばかりでした。肌が粟立ち、足場が揺らぐ感覚に、脂汗を浮かべながら耐えていました。
ーー東海道とはつまり、“巨大な黄泉比良坂” なんだよ。彼の世と此の世を繋ぐ道であり、それはつまり、異界の力を引き出す、大いなる装置なんだ。長安はよくやったものだね。
坂の東、武蔵、降魔、あの世とこの世の境目… いくつもの符号が重なり、混ざり合い、頭の中は混乱の極みでした。
ーー古くから、我が邦の言葉では「さ行」の音は「境目」と関わって来た。山の「崎」、坂道の「坂」、境目の「境」、水辺の「岬」、のようにね。そして、その「さ行」の音が「か行」の音と結びつけば、 物事を塞ぎ遮る「ソコ」のように、境界を指す言葉となる訳だ。
つまりは、サカ、という音もまた同じように。という事でした。
文字通り、あの世とこの世の境目であり、二つの世界の境界が曖昧になる場所…
黄泉比良坂とはつまり、具体的な傾斜面の事ではなく、彼の世と此の世を繋ぐ、一種の経路である、と、昴さんはそう仰っていたのです。
坂道 ⇄ さかみち ⇄ 境径…
境目の径(みち)…
ところで、これは後に学んで知った事なのですけれども、昴さん御自身もまた、能役者として、常に境目に関わる方でした。
そもそも能とは、あの世とこの世の境目を、舞台という経路を通じて現出せしめる芸術でもありましたし、その後、昴さんご自身が金春流の能楽師諸氏と協力する形で世に公開された『明宿集』にも、その奥義が説かれていたのです。
そしてその能楽理論書『明宿集』を著した人物は、他ならぬ大久保長安の曽祖父である、金春禅竹その人でもありました。
『明宿集』において禅竹はこう記しています。
『翁』とは、宿神=北極星(昴)であり、それはつまり、宇宙の根源たる「隠された王」であると。
さらにそこから説を広げるならば、宿神、とは古き神(または宇宙的な力)「シャグジ」の事であるとの説にまで至ります。そして、ここでもまた 「しゃ(さ行)」+「ぐじ(か行)」の組み合わせがあり、つまりは、生と死、彼の世と此の世、等、あらゆる世界の境目に関わる神であるという、その性質の現れが、音韻的特徴からも見出されるのです。
古代中国では北極星は死の象徴なのだ、とは、ずっと以前に伺った昴さん御自身のお言葉でしたが、思えばそれは単に「死」を支配するという類のものではなく、生と死の境目、その境界を司る隠れし神、またはシステムそのものなのだという意味が込められていたのだと思います。
恐る恐る見上げれば、昴さんのその立ち姿の背後には、北極星が… “昴” が輝いていました。思わず身体に奔った震えが畏怖によるものだとは、その数瞬後に気付く事になりました。
ーー昇っているようで、降っているようで… 君はそれを、どんな感覚なのだと思う?
それはまさか、ここから飛び降りろという意味ではなかろうか… 等と一瞬ヒヤリとしましたが、昴さんの御表情を伺うと、意外にも、何か回答を待ち受けるようなお顔をされていました。
何と言いますか「君は知っているはずだろう」と言わんばかりの御表情で、何かを期待されているように感じましたが、仰っている事の意味が分からず、弱り果てました。
ーー君は、人に恋焦がれた事があるのか、と尋ねたね。あるならば、分かるはずなんだよ。それこそが、入り口なのだから。
入り口…? 入り口というのは…
ーー黄泉比良坂の入り口さ。
《続く》