サクラ大戦V妄想回顧録

夢か現か…思い入れ深く『サクラ大戦』をプレイした結果、そこでの体験がリアルなもう一つの人生経験のように感じている…そういう方々が、実はプレイヤーの中には多々いらっしゃるのではないかと思います。サクラとはそんなミラクルが生じた作品であり、わたくしもそのミラクルにあてられた一人。そんなわたくしが、かつて“太正”時代に“経験”した事を記憶が混濁したまま綴ります。今思い出しているのは1928年以降の紐育の記憶。これは新次郎であり、現代の他人であり…という、人格の混ざった記憶それ自身による、混乱した、妄想回顧録です

セフィロトツリー:生命の樹を辿って / 想像力への想像力 / 九条昴問答⑤

 

rbr.hatenablog.jp

 

前回からの続きです。

 

茹だる熱帯夜。上空300m。当時建築中であったエンパイアステートビルディングの頂上付近、大きく中空に張り出したその剥き出しの鉄骨の突端で、昴さんと僕との哲学的問答は続いている… 

 

はずでしたが…

 

不思議な甘い香りと共に昴さんの周りに桜色の煌めきが舞い始めたと思った刹那、気付けば、僕と昴さんは、曰く『想像界』とでもいうべき、夢の領域へと足を踏み入れていました。

 

f:id:RBR:20210902234133j:plain

 

ごく普通のアメリカの幹線道路に見えるその場所はしかし、物質界と想像界の境目であり、その本質は黄泉比良坂と同質のものであるとのことでした。

 

そして今、目の前の地面には、この『想像界』の “地図” が描かれていました。

 

まるで子供の落書きのようなそれを前にして、昴さんはこの先の道案内をなさる模様でした。

 

*********************

 

f:id:RBR:20210903013652j:plain

 

もしかして、これでけんけんでもするんですか? 千変万化する奇妙な景色にも慣れ、少しは余裕が出て来たので、試しにそんな軽口を叩いてみました。

 

ーーしてもいいが、どこかで行方不明になるだろう。これはあくまで地図だから、踏み外してはいけないよ。

 

10個の円が並び、それらを線が繋いでいる… どこかで見た事がある図でした。

 

ーーこれは宇宙、あるいは人の魂の構造を示す回路図だ。古代ヘブライ人による知の結晶だよ。10個の円はセフィラという。セフィラというのは単に、数字、という意味だ。それを22の境径(さかみち)…パスが繋ぐ。セフィロトツリーという言い方もされるが、まあ、この場合名前に大した意味はない。重要なのは構造の方だ。

 

セフィラ… セフィロトツリー… そういえば以前、宗教関連の本だったか、あるいは三文パルプ誌だったか、物の本でこのような図を目にしたような気がします。

 

ーー構造自体は単純だ。というより、単純に捉えようとすればそう捉えられるし、複雑に捉えようと思えばどこまでも精緻になっていく。別にどちらでもいい。感覚に合った方を選ぶといいが、それには少しセンスが必要だね。

 

しかしそこで、遅ればせながら素朴な疑問が湧いて来ました。なぜ、この道の先へ行かねばならないのか? という事です。勝手に思案していても仕様が無いので、ひとまず率直にそう問うてみると…

 

ーー出来れば理解した方が良いが、必ずしも必要ではないよ。君にとってはね。…ただ、僕には必須だ。この経路を通ってどこまで至れるか。宇宙の根本原理をどこまで理解出来るか。原初の光に到達できるか。それらは、僕の表現行為の全てに関わってくる。それに…

 

僅かに表情を固くし、昴さんは呟くように仰いました。

 

ーー九条の使命にもね。…だが、うん。そうだな。やはり君は理解していた方が良いかもしれない。

 

と、先程の言をあっさりと翻す昴さんに戸惑っていると…

 

ーー“侵入者” はこの経路の合間から、針の穴を通るようにして、こちらにやって来るからね。セフィラとセフィラの間に落ち込んだ、紫外線のみが射す領域から。我々星組もいずれ彼らとは戦わねばならないだろう。その時、この経路が理解できていれば、想像と理性の力で奴らを退ける事が出来るかもしれない。それに…

 

その刹那、突如爆音が発し、唐突に周囲の景色が変じました。

 

f:id:RBR:20210903120228p:plain

f:id:RBR:20210903120034p:plainf:id:RBR:20210903120058p:plain

 

我々二人は、砲撃の飛び交う戦場に立っていました。

 

兵士、塹壕キャタピラー走行の初期スタア…

 

ガシャリという音に背後を振り向くと、五つの人型蒸気が佇んでいました。

 

f:id:RBR:20210903120157p:plain

 

特徴的な十字型のモノアイレール、そして先頭に立つナイフ状の武器を把持した機体の色は見慣れた白銀色であり…

 

思わず隣にいる昴さんの方を見ると、先刻までの笑みはすっかり消え失せ、まるで何も感じていないかのような、色の無いご表情へと変じていらっしゃいました。

 

人型蒸気は紛れもなく「アイゼンクライト I 」でした。そしてこの光景は恐らく…

 

と、その時、五体の人型蒸気が一斉にこちらを攻撃して来ました。思わず昴さんを庇うようにしたものの、その攻撃は我々をすり抜け、我々の背後方向に位置していた目標を次々に爆砕して行きました。

 

f:id:RBR:20210903120657p:plainf:id:RBR:20210903120452p:plain

 

ーー例えば…

 

この光景は昴さんの記憶に他ならない事は明白でした。それは我々紐育星組に先立つ、もうひとつの星組、昴さんやラチェットさん、帝都花組の織姫さんやレニさんも幼少のみぎりに参加していたエリート部隊・欧州星組。それは彼らの、欧州戦線の記憶だったのだと思います。

 

f:id:RBR:20210903121217p:plainf:id:RBR:20210903144729p:plain

 

街ひとつを壊滅させる程の戦果を揚げた後、僅か半年で解散。

 

昴さんにとってそれがどの様な意味を持つ記憶なのかは測る術もありませんでしたが、特に感じるところなどない、とでも言わんばかりの淡々とした態度で、昴さんはお続けになられていました。あるいは僕の目には、それは何かを受け流すような姿勢である様にも映りましたが、果たして本当のところは分かりませんでした。

 

ーー例えば… 戦争、とは、決して人類の業でもなければ、繰り返される宿命にある歴史でも無い。あんなものは、帝国主義がまかり通った時代まで致し方なく必要とされた、古い時代の、単なる外交手段だ。最早他国を征服して生産力を上げることを是とするような国際世論が復活する事など有り得ないし、今現在の社会システムの不協和を逐一解決する事を目指して行きさえすれば、不要な手段とすることが出来るのは自明の理というものだ。多くの者が宗教問題だと誤解している多くの紛争の根さえ、実際には我が米国が世界に押し付けた “現代” という社会システムへの反論であるのだしね。そして…

 

戦場を駆ける五体の機影を無視し、昴さんは尚も続けます。

 

ーー全ての暴力とは、想像力の失敗であり、敗北に他ならない。

 

そうして昴さんが “失敗であり、敗北” と口にした次の瞬間、戦場の音がふと消え去り、我々は元いた国道に戻って来ていました。

 

ーーだから… やはり、大事なことなんだ。想像界との繋がりを保つことは。物質的次元だけを現実だと捉えていては、いずれ物質に振り回され、絶えず飢える事になるだろうからね。

 

その昴さんの説明で、なぜこの先に進む必要があるのか、という点は納得出来ました。つまりは、あらゆる暴力を無用とする為にも、想像力への想像力を持つ必要があるのだ、と。

 

そして恐らくは、そのような新たな可能性のきざはしを、その “予感” を感じ取る必要があり、その為には、この夢のような領域もまた現実だと知る必要が… 想像する必要があるのだと、自分なりにそう理解しました。

 

ーーでは、改めて地図を見てみよう。往く先を確認するんだ。

 

昴さんに促されるまま、二人して地面に屈み込み、そこに描かれている “地図” を検分します。

 

f:id:RBR:20210903013652j:plain

 

ーー地図の一番下の円を見て欲しい。“10” と番号が振られているだろう。そこが『マルクト(王国)』。我々が普段認識している物質的世界だ。その円から脱出し、上に昇ると、そこから先は既に想像界となる。…ちなみに “昇る” というのは比喩表現だという事は、黄泉比良坂の話をしたから、分かるだろう? 天に昇っているようで、同時に、降っている、という事でもある。理性の光で空(くう)へと到達しようとしているのでもあるし、同時に、無意識の領域へと深く潜っているという事でもある。

 

昇っているようで、降っているようで… 確かに我々は黄泉比良坂を進もうとしているのだ、という事を、改めて思いました。

 

そして昴さんが仰っていた通り、その地図は精緻に見ようとすると実際にそう見えるようで、目を凝らす程に、落書きに説明の文字が書き足されて行きました。

 

f:id:RBR:20210905024047p:plain

 

ーーそしてここ『マルクト(王国)』から、上に向かって3本の線が伸びているだろう。この3本の線こそが、今いるこの三叉路だ。左側の『シン』の径(みち)を通れば、その先は『8』番セフィラ、『水星』『ホド(栄光)』へと辿り着く。そして右側… 僕がいつも使っている『クォフ』の道を往けば、その先は『7』番セフィラ、『金星』『ネツァー(勝利)』に辿り着く、という訳だ。

 

では、今僕たちが進もうとしてるのが…

 

ーー真ん中の『タウ』の道だ。この径を進めば、『9』番セフィラ、『月』『イェソド(基礎)』に辿り着く。で、普段僕がこの道を使わないのは、行った先が問題でね。『イェソド(基礎)』とはつまり、想像界の始まり、基礎にあたる場所で、左右の二つに比べて、比較的多くの人に馴染みのあるはずの場所なんだが…

 

馴染みがある?

 

ーーつまり、夜寝ている時に見る、夢の領域だ。実は多くの人は、毎晩ここに帰って来ているんだよ。意識してはいないけれどね。だが今の我々のように、さらにその先にまで進むべく精神を研ぎ澄ませる必要がある場合には、この領域に深く馴染まなければならない。そして…

 

昴さんは、一拍間を置いてお続けになられました。

 

ーーそこは豊かな想像力の領域で、まさしく “月” の光に照らされた、夢と虚構の世界なんだ。つまりは、性的幻想と無意識の領域、という事だ。想像力と、そして、ロマンス。性的な夢想、幻想こそが、想像界への入り口、という訳だ。

 

f:id:RBR:20210903141847p:plain

 

説明を受けて赤面する羽目に陥ったのは言わずもがなです。ですが、仰っている事は理解出来ました。ロマンス… 確かに、人が最初に想像力を働かせるのは、そこからかもしれません。

 

ーー正直なところ、僕にはあまり馴染みのない領域でね。だから、いつもは『ネツァー(勝利)』を経由していく必要があるんだ。ただ、こちらは正直、難易度が高くてね。一挙にレベルが上がる。形や形態という知的概念の先に旅する必要があるし、感情の海の大轟音を体験する必要がある。それは喜びでもあるが、苦しみでもあるからね。ともかく…

 

地図上、中央の道を行った先の円を指し示しながら、昴さんは仰いました。

 

f:id:RBR:20210903150536p:plain

 

ーー今回はこの『イェソド(基礎)』を目指そう。中央の『タウ』の径を進んで。

 

そうして立ち上がりながら、昴さんは仰いました。

 

ーーだから、教えて欲しいんだ。…ロマンスというものを。

 

事もなげにそう仰り、こちらを見つめる昴さんの瞳はごく真剣で、どうしたものか、と弱りました。

 

ですが、実はその時点で既に、本当は昴さんも “ある感覚” をご存知なのではないかという気はしていました。ですので後は、どうやって気付いてもらうべきか、それが問題ではなかろうか、とは、思っていたのですが…

 

 

《続く》(残り2回)

 

 

rbr.hatenablog.jp

 

異界への旅路 / シン・スバルモンドウ:最終審判:シンの道は破壊の道 / 九条昴問答④

 

rbr.hatenablog.jp

 

前回からの続きです。

 

茹だる熱帯夜。上空300m。当時建築中であったエンパイアステートビルディングの頂上付近。

 

大きく中空に張り出したその剥き出しの鉄骨の突端で、昴さんと僕との哲学的問答は続いている… はずでした。

 

そのはずが…

 

f:id:RBR:20210902215235j:plain

 

不思議な甘い香りと共に昴さんの周りに桜色の煌めきが舞い始めたと思った刹那、気付けば何故か僕と昴さんは、一面の夜桜と、その桜吹雪の中に、佇んでいました。

 

確かにほんの一瞬前まで、鉄骨から滑り落ちそうになっていたはずなのに、一体ここは…

 

ーー安心して欲しい。ここはまだ、入り口ですらない。言わば、最初の門を潜っただけだ。毎晩寝て、夢を見るのと大差はない。

 

f:id:RBR:20210902225828p:plain

 

入り口…? 最初の門? でも、その… 門とは、つまり、想像界の?

 

ーーそうだ。人は何かを想像する時、必ずここにアクセスしている。しかし、どこまで遠く深く潜れるかは、その人物次第だ。詩人も、画家も、哲学者も、数学者も、科学者も、あらゆる領域の開拓者達は無意識に、もれなくこの道を通っている。

 

無意識に…? ですが、みんながこんな景色を見ているとは、僕には信じられません。

 

ーー見ているものはみんな違うさ。今我々が見ている景色とて、ある象徴でしかない。ほら、足を踏みしめてみると良い。明確に地面があるかい? 

 

…ありません。あれ? でも今は地面が見える。上野公園みたいだ。上野公園の夜桜だ。

 

ーーなるほど、上野か。夜桜だと思った訳だ。

 

昴さんはそう言うと、少しだけ可笑しそうにクスリと笑いました。そして、僕の方に一歩近づき、こちらに向けてそっと掌を開かれました。昴さんの掌の上には先程の桜色の煌めきが… いえ、見ようによってはそれは濃い桃色にも、あるいは血の色にさえも見えましたが… ともかく、何かの結晶を砕いたかのような粉末があり…

 

f:id:RBR:20210902230135p:plain

 

ーー『砒霜(ひそう)』という。人の意識、あるいは魂を、黄泉の国より呼び戻す… いや、想像界から呼び出す際に使うものだ。要は異界へのアクセスに使うもので、今はこれを振り撒いた事によって、僕たちの間で念が共有されるようになった。だから二人で同じものが見えているんだよ。

 

f:id:RBR:20210902230807j:plain

 

後に知ったところによると、それこそは『反魂の術』に使われる秘薬でした。なぜ昴さんがそのようなものをお使いになっていらっしゃるのか、それは分かりませんでしたが… 恐らくはお家の使命と、何がしか関係があったのだと思います。

 

それにしても気になるのは砒霜(ひそう)というその名前で… まさかそれは…

 

ーーああ。ヒ素の一種だ。死の霊薬だと言っただろう?

 

昴さんはさらりとそう仰ると愉快そうに笑っていましたが、僕は慌てふためく事になりました。

 

ーー大丈夫、これは無害だ。あまり吸い込まなければね。

 

意地の悪い冗談を重ねる昴さんに閉口していると、目の前にピンク色の物体が漂って来ました。ふわふわと浮かんでいます。

 

ーーほら、ピンクエレファントだよ。リカのステージのマスコットだね。

 

f:id:RBR:20210902231458j:plain

 

確かにそれはピンクエレファントでした。大きな耳を翼にしているつもりなのか、パタパタと耳をはためかせながら飛んでいます。

 

ーーこんな単純なキャラクターにも無論、想像の力が使われている。ほら、サーカスの看板が出て来た。なるほど、派手な色彩はこの看板の印象だったか。ああ、例のしあわせウサギもいる。最近流行りのカートゥーンのイメージもあるようだね。まさしくリカの記憶と想像の産物という訳だ。

 

f:id:RBR:20210902232220j:plainf:id:RBR:20210902232413j:plain

 

そうしてピンクエレファントをやり過ごすと、次には巨大なジャンポールの一群が現れ、さらには赤鮫やらケーキやら饅頭やら流木やら、妙な被り物の一群までもが現れましたが、それらのすべてを後ろにしながら前に進むと、あるところで急に景色が一変しました。

 

僕と昴さんは、いつの間にか、よくあるアメリカの幹線道路を歩いていました。

 

f:id:RBR:20210902234133j:plain

 

ーーここだよ。ここが入り口だ。物質から、精神への…

 

これが、想像界への入り口… ですか? 普通の道路みたいですけど…

 

ーー言っただろう、全ては象徴だよ。重要なのは道の見た目ではなく、番号の方だ。見たまえ。

 

昴さんが指し示す方を見遣ると、道路標識がありました。

 

f:id:RBR:20210903000037j:plain

 

『ROUTE 32』…?

 

ーーそう、32号線だ。最も重要な径(みち)だよ。ただ… 他にも選択肢はある。ここは三叉路だからね。

 

視線を下げると、道路はいつの間にか三叉路に変化していました。

 

f:id:RBR:20210905015105j:plain

 

先程の中央の道路は『ROUTE 32(32号線)』でしたが、左の道路は『ROUTE 31(31号線)』、右の道路には『ROUTE 29(29号線)』の標識がありました。

 

ーーこの分かれ道が問題なんだ。どのルートを辿っても光明へと至る事は出来るが、途中の様子は全く違うからね。あ、そっちは…

 

左の道路の先を何となく見つめていた僕に、その道は危ないからやめておいた方がいい、と、昴さんが注意を促しました。

 

よく見ると、左の道の先には恐ろしい光景が広がっていました。降臨した天使が終末のラッパを吹き鳴らし、世界を焼き尽くす焔が燃え上がり、天地を揺るがす災害が起き、人の世の尽くが破壊されていました。

 

f:id:RBR:20210903003444j:plain

 

ーーそれは『シン』の径(みち)だ。10のセフィラと22の径を合わせた32の数字の中では31番目、タロットでは《審判》、ヘブライ語の『シン』に対応する。

f:id:RBR:20210903014655p:plainf:id:RBR:20210903014621p:plain

 

ヘブライ語… では、日本語ではないんですね。新しいの「新」や、真打の「真」とは無関係…

 

ーーいや、偶然の符号というものはある。音は共通しているし、少なくともメタファーにはなるかもしれない。そして、メタファーを軽視してはいけないよ。同音異義語はもちろん、文字の入れ替えでさえも意味を隠し持つ事があるのだからね。例えば “アナグラム(ANAGRAMS)” とはメタファーそのものだし、それだけで “偉大なる芸術(ARS MAGNA)” なのだから。いずれにせよ…

 

昴さんはシンの道を、その破壊の様子を眺めながら仰っていました。

 

ーーあれは知性を目指す事によって光に通じる道で、知性に自信があるのならば通ると良い。神話的元型との繋がりの回復と、新たな創造性へのこれ以上ない入り口となるだろう。だが、結局そこに至るには、黙示的な、世界を破壊する啓示を経なくてはならない。災害、疫病、死、精神の終焉が吹き荒れるが、知性が足りなければただ破壊がもたらされるのみだ。

 

f:id:RBR:20210903003245p:plain

 

世界の破壊… 確かに、あまり楽しそうな道ではありませんでした。

 

ーーあるいは精神の修行を経ずとも楽に辿れる、安易な道であるとも言える。すべてが破壊されてしまえば、人間の精神は変容せざるを得ないからね。

 

昴さんは僅かに眉根を潜めて、道の先を見つめていらっしゃいました。

 

ーーだから要は、僕たちには最も向かない道だよ。本来 “黙示” とは善きものだが、知恵と心構えが伴わなねば意味がない。だから、演目の内容ならともかく、世界を作り替えてしまうほどの破壊は、今のところは指向するべきではない。リトルリップシアター… それに、帝都や巴里もそうだが、我々華撃団は想像と慈しみの力で世界を守って来たのだし、むしろ、世界の破壊を… 人の精神のカタストロフを、防ぐ必要がある。そしてそれが既に起きてしまっているのなら、その精神を癒さなければならないんだからね。

 

そして昴さんは右側の道を示しました。

 

ーー対して、右側が『クォフ』の径(みち)だ。10のセフィラと22の径を合わせた32の数字の中では29番目、タロットでは《月》、ヘブライ語の『クォフ』に対応する。…実は、僕がいつも使っているのは、この道なんだ。

f:id:RBR:20210903015048p:plainf:id:RBR:20210903015011p:plain

 

道の先は暗く、夜の領域になっていました。大きな満月が浮かんでおり、数多の絞首台が設置されていました。

 

f:id:RBR:20210903113732p:plain

 

ーーこちらは無意識と感情に近い径で、魂の暗く長い夜を表している。…普通はあまり、こちらにも行きたくはないだろうな…

 

f:id:RBR:20210903113809j:plain

 

昴さんはまたしても少し苦いご表情をされていました。

 

ーー行った先のセフィラも、僕にとってはあまり愉快なものではないからね。感情の海の中で全身を翻弄され、溺れそうになるなんて事は… だが… 僕はこの道しか知らないんだ。

 

では、真ん中の道は? 僕は残る中央の道の事を、昴さんに尋ねました。

 

ーーそう、今回は君がいるからね。ある意味では一番正道とも言える、真ん中の径を行ってみたいんだ。…だが、この径を行くには、条件があってね。それこそが、君に質問した件なんだけれど…

 

…あまりに目まぐるしい体験をしているせいか、昴さんが何の話をしているのか、すぐには察する事が出来ませんでした。

 

ーー君は人に恋焦がれたことがあるかい? と、聞いただろう。それこそが、中央の径を通る資格があるかどうかの、重要なポイントなんだ。

 

言われてようやく、あの質問の事だと言う事が分かり、改めて赤面する羽目に陥りました。あまりに唐突なあの問いかけは、昴さん一流の謎かけか何かかと思っていたのに、よもやこんな事になろうとは…

 

ーー中央の径が行く先は『月』のセフィラ、夜の夢の領域だからね。…ちなみに右側の径に浮かんでいる月とは別物だ。あちらは無意識と精神的女性性の象徴としての満月だが、こちらは『月』と名付けられた惑星の力そのものだ。想像界の入り口、つまりは『基礎』だからね。

 

すみません、ところで、行く先というのは…?

 

ーーそうだった、すまない。僕とした事が…。まずは地図を見る必要があるね。闇雲に先を目指しても仕方がない。…どうやら、自分でも思っていた以上に、君と一緒にこの三叉路に立っているという事に興奮しているようだ。

 

昴さんらしからぬ… あるいはらしい物言いとも言えましたが、つまりは僕とのこの旅路を、昴さんご自身も楽しんでくださっているのだ、という事が分かり、少し安心しました。

 

それにしても、地図など何処にも見当たりません。地図、とは、一体どこに… と、そう言おうとした矢先…

 

足元に、子供の落書きのようなものがある事に気づきました。

 

f:id:RBR:20210903013652j:plain

 

 

それはまるで、昔遊んだ、けんけん遊びの模様のようでした。

 

 

《続く》

 

 

rbr.hatenablog.jp

 

 

物質界と想像界 / “現実” という認識を巡って / 九条昴問答③

 

rbr.hatenablog.jp

 

前回からの続きです。

 

茹だる熱帯夜。上空300m。当時建築中であったエンパイアステートビルディングの頂上付近。

 

大きく中空に張り出したその剥き出しの鉄骨の突端で、昴さんと僕との哲学的問答は尚も続いていました。

 

f:id:RBR:20210902130627j:plain

 

ーー君は、人に恋焦がれた事があるのか、と尋ねたね。あるならば、分かるはずなんだよ。それこそが、入り口なのだから。

 

入り口…? 入り口というのは…

 

ーー黄泉比良坂の入り口さ。

 

黄泉比良坂とはつまり、具体的な傾斜面の事ではなく、彼の世と此の世を繋ぐ、一種の経路である、と、昴さんはそう仰っていました。

 

坂道 ⇄ さかみち ⇄ 境径 …文字通り、あの世とこの世の境目であり、二つの世界の境界が曖昧になる場所…

 

境目の径(みち)…

 

ーーそう、境目、境界。しかしね、これこそが重要なんだが… 彼の世とはなにも、死後の世界、というだけの意味ではないんだ。

 

死後の世界、ではない…?

 

ーーある人にとっては同じかもしれない。つまりはこの世界… “現実” であると目されている、我々が認識するこの物質世界とは別に、形而上の次元、言うなれば、『想像界』とでも言うべきものが、同時に存在しているんだよ。

 

想像界…? 昴さんのお話は、いよいよ奇異な方向へと向かい始めました。その時は、そのように思いました。

 

それはつまり、精神世界、のような物の事ですか?

 

ーーそういう事でもある。夢の世界と言っても良い。だが、それもまた現実なんだ。例えば、今僕たちはこうして鉄骨の上に立っているだろう? 今この場には、鉄骨という物質が存在しているのと同時に、鉄骨という概念もまた存在している。

 

概念…?

 

ーーそして僕たちは、その概念がを持つが故に、こうしてこの鉄骨の上に立っていられるんだ。

 

f:id:RBR:20210904103001j:plain

 

…すみません… 仰っている事が難しくて…

 

では、その、例えば、概念を無くすと、この鉄骨は、鉄骨で無くなるのですか?

 

ーーその通りだ。だが、物質界は非常に緊密でね。鉄骨が、鉄骨であるという体を自ら保てなくなる前に、まずは、君が落ちるだろう。支えを失ったと、自分で思い込む事で。

 

“落ちる” という言葉を聞いた為か、まるでそれが合図であったかのように、全身から汗が噴き出ました。

 

動機が激しくなり、ぐらりと平衡が失われ、今にも鉄骨から滑り落ちてしまいそうな感覚が再び襲って来ました。

 

ーー大丈夫、気のせいだよ。君は絶対に落ちる事はない。

 

なぜ… なぜそう言えるんですか? だって…

 

駄目です… 手に汗をかいてきてしまって、今にも滑ってしまいそうで…

 

ーー僕がいるからだよ。僕がここで、君を死なせる訳がないだろう。

 

はっと顔を上げると、昴さんはただ、こちらを見つめていました。

 

静かに、穏やかに、ただ何かを確信しているかのような、そんな瞳でした。

 

ーー君も、僕も、今ここで落ちるような運命には無いんだよ。例えば、君は今僕から聞いた話を、いつか誰かに伝える事になるだろう。少なくともそれが起こるまで、君の運命が終わる事はない。

 

運命… ですが、未来はどうなるか分からないじゃないですか。

 

ーーもちろんさ。人の考えは変わるからね。精神の在り方が変われば、“過去同様” に、未来もまた変化するのさ。ひとまず、今のところはそうだ、という事だよ。

 

過去も変わる…? 一体それは…

 

ーー意味付けが変わるという事さ。その精神にとっての出来事の意味が変われば、概念が変わり、その性質も変化する…

 

性質が、過去が、変化する…?

 

ーーつまりはね、起きた出来事、これから起こる出来事というものは、全ては君という精神が自ら作り上げた思い込みによるものなんだよ。たとえ意識の上ではどれだけ理不尽に思えるような事であってもね。無意識の力とは、それだけ強力なんだ。だから例えば、ここで不意に足を滑らせて落ちるのが自分には似合いだと思うのならば、君はここで落ちるだろう。だが…

 

昴さんは少しだけ微笑み…

 

ーー僕はそうは “思わない”。似合わないよ、君には。だから、君がここで落ちる事はない。

 

…昴さんがそう仰ると、不思議と、少しだけ気持ちが落ち着いて来ました。身体の緊張がほぐれ、足元がぐらつくような感覚が、遠ざかって行くようでした。

 

では、想像界は、現実を形作る要素の一部だと…?

 

ーーそうではない。現実、と認識しているこの物質世界こそが、想像界の一部なんだ。現実的な物質は全て、ある概念の象徴なんだよ。

 

象徴…? けれど、想像、というのは、人それぞれで別々のものでしょう? 精神世界というのも、ひとりずつ別々のものなんですから…

 

ーーもちろんそうだ。建物の中がそれぞれ区切られた物理空間であるのと同じように。だが、屋外はどうだ。誰でもいられるだろう?

 

屋外…? なんだか、まるでひとつの世界みたいな仰り方ですけど…

 

ーー実際、そうなんだよ。近頃は集合的無意識等と名前を付けて、それらしい取っ掛かりを見つけようとはしているようだが…

 

殆ど無表情のような微笑みの中に微かに苦笑の色を滲ませ、昴さんは足元に広がる紐育の夜景に目を落としました。

 

ーー殆どの人間は物質世界のことしか認識してはいない。そちらだけが現実だと考え慣れているから。…たとえ傍らで黄金の鐘が鳴り、天使が舞おうともね。

 

その時、ふと不思議に甘い香りがして来ました。しかし、馴染みのある香りでもありました。それは昴さんのお近くに寄った際、時折薫ってくる香りでした。

 

見れば、昴さんの周りに、桜色の光の瞬きが、無数の煌めきが踊っていました。

 

f:id:RBR:20210902215207j:plain

 

ーー神話、宗教、詩、童話、あるいは君がよく読んでいるパルプ雑誌や、僕らが演ずる舞台上の人物まで。世に存在する数多のフィクションには、繰り返し登場するモチーフや、ある共通する要素がある。全く交流などなかったはずの、違う文化、違う時代のものであっても、そこには、神話的元型とでもいうべきものが存在しているんだ。

 

f:id:RBR:20210902222323j:plainf:id:RBR:20210902222348j:plainf:id:RBR:20210902222933j:plainf:id:RBR:20210904110623j:plainf:id:RBR:20210902222411j:plain

 

桜色の煌めきはますますその数を増していきます。同時に、あの独特の甘い香りも強くなり…

 

ーー人は毎晩夢を見る。だがそれは、想像界のほんの入り口に、帰っているだけなんだよ。

 

香りのせいか、意識が朦朧として来ているのを感じました。

 

このままでは、足を滑らせて、落ちてしまう。

 

そう思った刹那…

 

 

f:id:RBR:20210902215235j:plain

 

僕と昴さんは、一面の桜吹雪の中に、佇んでいました。

 

 

《続く》

 

 

rbr.hatenablog.jp