サクラ大戦V妄想回顧録

夢か現か…思い入れ深く『サクラ大戦』をプレイした結果、そこでの体験がリアルなもう一つの人生経験のように感じている…そういう方々が、実はプレイヤーの中には多々いらっしゃるのではないかと思います。サクラとはそんなミラクルが生じた作品であり、わたくしもそのミラクルにあてられた一人。そんなわたくしが、かつて“太正”時代に“経験”した事を記憶が混濁したまま綴ります。今思い出しているのは1928年以降の紐育の記憶。これは新次郎であり、現代の他人であり…という、人格の混ざった記憶それ自身による、混乱した、妄想回顧録です

『愛の花 ~「マダム・バタフライ」より ~』の革新 / 歴史の転換点となったダイアナ・カプリスのピンカートン

紐育星組のメンバーの中でも、ダイアナさんはボストン出身で、英国調のアクセント、いわゆるキングスイングリッシュでお話しする方だというお話を以前したと思います。

 

前回、せっかくアクセントのお話になったので、続けて、言葉のアクセントが、舞台公演に大きく影響を与えたお話をしようかと思います。テーマは『マダム・バタフライ』。

 

『マダム・バタフライ』はリトルリップ・シアターの演目として1928年11月に初演を迎えた公演で、プッチーニのオペラ『蝶々夫人』を元にした舞台劇です。

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蝶々夫人』に関しては説明不要かと思いますが、これは長崎を舞台にした物語で、芸者の「蝶々さん」とアメリカ海軍士官「ピンカートン」との間で交わされる、愛と悲劇とを描いたお話です。

 

15歳の純真な芸者である蝶々さんは日本に駐留してきたアメリカ海軍士官のピンカートンに請われて結婚。純朴に愛を唄うピンカートンのことを蝶々さんは一途に愛するものの、蝶々さんのことを、結局は現地妻程度にしか認識していなかったピンカートンはそのうちアメリカに帰ってしまい、本国で本命の女性と結婚してしまいます。何年もの間ピンカートンの愛を信じ待ち続けた蝶々さんでしたが、数年後に来邦したピンカートンの横には正妻の姿が。絶望した蝶々さんはピンカートンとの子供を残し自ら命を絶つ… というようなあらすじのオペラです。

 

…話の筋だけこうやって連ねると、本当に単なるひどい話以外の何物でもありませんが…w

 

蝶々夫人役には九条昴さんが、そしてピンカートン役にはダイアナさんが配役されました。

 

そして我々、リトルリップ・シアター版の『マダム・バタフライ』は… ご覧になった方はもちろんご存知でしょうけれども、プッチーニのオペラ『蝶々婦人』そのままの公演ではない、というところが、肝になっている企画でした。

 

つまり、イタリア語で上演される正統オペラではなく、英語の台詞(と少しの日本語の台詞)で上演される、演劇・ミュージカル要素の入った、米国歌劇版としての舞台公演だったわけです。

 

もちろん『蝶々夫人』は元は米国の小説ですし、ヒット作となった戯曲も存在していました。けれども、戯曲版の上演からは四半世紀経っていましたし、当時既にオペラ版が決定版となっていましたらから、我々は現代歌劇版として、改めて全く新しい舞台に仕立てる必要がありました。

 

オペラ版をさらにアレンジした、いわば逆輸入版とも言える蝶々夫人=マダム・バタフライだったわけなんですけれども… 改めて英語を用いる以上は、その癖、アクセントをどうするか、という問題が出てくるわけです。元となった戯曲版は当時の口語そのままでしたが、ダイアナさんはなぜか、その点を気にされている様子でした。

 

ダイアナさんが演じたピンカートンという人物は… 端的に言ってしまえば、単純で軽薄な人物です。

 

アメリカ国歌に載せて堂々と「ヤンキーは、世界のいずこであろうと」“享楽に身を任せて好き勝手にするのさ!”と歌うような、軽佻浮薄なアメリカ人で、無思慮かつ全く無邪気で、それゆえに残酷な男です。駐日領事のシャープレスから忠告を受けるも無視し、自らの傲慢かつ軽率な行動の結果、無邪気な愛を語りながら、最終的に蝶々さんを死に追いやってしまう。

 

あまり感情移入できるタイプの人物ではなく、観客からは嫌われる上に、悪役としての深みもない。そのような「浅い人物」「愚かな人物」であるために、演じ甲斐がないという理由で、オペラ歌手には総じて不人気の役柄であるとも、一般的には言われているような人物です。

 

なのでダイアナさんは、ピンカートンを演じるに際して、最初、ものすごく迷われていました。そもそもピンカートン役に、硬派なイメージのダイアナさんというのが、かなり冒険した配役でしたし。

 

あの時は配役が先行していた事もあって、決まった直後は特に悩まれていたご様子でした。ある時、公園で散歩をご一緒したんですけれども、ピンカートンのような人物をどう思うか、と、やや厳しい表情で尋ねられたことを、今でもよく覚えています。

 

ダイアナさんは、恐らくご自分でも好きにはなれない人物を演じるにあたり、アプローチに悩まれていたんだと思います。聞くところによれば役者さんは、ご自身が憎いと思う人物は、却って演じ易いところがあるとの事なのですが、それにしてもその解釈には幾万の方法がありますから、何か決め手を探されている様子でした。

 

僕自身もかなり戸惑いましたが、男女の別よりもまず先に、ピンカートンに対して感じていた、日本人としての、正直な気持ちを打ち明けました。

 

ダイアナさんは、少しだけハッとした表情をなさった後、すごく慎重に言葉を選ぶような調子で、僕が気持ちを打ち明けた事に対してのお礼と、深いお心遣いをくださいました。あれほど恐縮した場面も、そうは無いですね…w 余計な事を言ってしまったんじゃないかと、ハラハラして、気が気じゃなかったです。

 

ダイアナさんは、何度か小さく頷いた後、じっと黙って、空なのか、木漏れ日なのか、セントラルパークの景色を、どこか遠い視線で眺めていらっしゃいました。10月の頭の、丁度寒暖差の激しい時期で、肌寒い日でしたね… 思えば、ある晴れた日に、でした。

 

そしてその後、ダイアナさんはある突破口を見出されました。その切り口こそ、ピンカートンの喋り方、アクセントだったんです。

 

例えば紐育の観客に合わせて、いかにも今様なアメリカンなアクセントを選択して、イメージ通りの軽薄な男としてのピンカートンにする、という手もあったと思います。ダイアナさんは、英国における一流の役者陣の多くがそうであるように、ソネットの朗読を日々鍛錬されていましたし、発声や言葉遣いに対しても素晴らしい技巧をお持ちの方ですから、巧みにアメリカンな英語を操ることもできたわけです。ある意味ではピンカートンの特徴とも言うべき側面、嫌な、軽薄な男としての解釈を拡大する事も出来た。だけども…

 

結果的に、ご存知の通り、ダイアナさんはピンカートンの話す英語を、非常に格調高い、バリバリのキングスイングリッシュで通すことになさいました。

 

…これがバッチリハマりましたね…

 

本当に、最初観たとき、なるほどそう来たか!と膝を打ちました。英国アクセントで話すピンカートンは本当に新鮮で、大変な衝撃でした。それがまたダイアナさんの颯爽とした士官服姿にピッタリだったんです。であればこそ、あの、硬派でありながら、内に脆さや弱さを抱えている… という、複雑で革新的なピンカートン像が完成したわけです。

 

そう、ただただ軟派で間の抜けたピンカートンではなくなったんです。そのアクセントから察するところ、おそらく非常に抑圧の強い厳しい家柄で育ったのだろう… という風に、ピンカートンのバックボーンがまるで変化しました。

 

決して台詞でそう説明される訳ではないにも関わらず、その様子から自然と滲み出る形で、人物設定、そして背景に、劇的な変化が起こったんです。

 

外面的には硬骨漢でありながら、その内面的な弱さとコンプレックス故に、激情と倫理との間で、無様な葛藤をする。情けなくも非常に人間味あふれるピンカートンの姿が、そこに立ち現れたわけです。

 

そもそもシェイクスピア劇を志向していらっしゃったダイアナさんでしたから、それこそまるでロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの公演を観ているかのような、非常に格調高い演技が、キングスイングリッシュとともに、ピンカートンにもたらされました。

 

普通、そのように英国趣味を持ち込まれると、ともすれば紐育の観客は反発する可能性もありますけれど、これはしかし『蝶々夫人』なわけです。弩級のメロドラマと言っても過言ではない物語なわけですから、その全体の趣向とのギャップと、その相乗効果により、むしろ多大な成果を上げることになりました。

 

その心理のリアルさと行動の帰結のせいで、観客からは激しく嫌われることにもなりましたが、同時に激しく愛されることにもなりました。ダイアナさんの元には多くの女性ファンからの、ファンレターを超えた熱烈なラブレターが多数届いたとのことです。

 

ちなみに傾向としては「あなたは私を必要としている!」「あなたには私がいないとダメだと思う…!」という風な内容が多かったとか…w

 

そしてさらに昴さんが蝶々夫人役であるということも、舞台の仕上がりに拍車をかけました。昴さんは実際に日本の人ですから、一部の台詞はリアルな日本語で演じることができます。本家でも一応試みてはいる演出ですが、本物の、しかも一流の能役者である昴さんによる所作と日本語はとてつもない説得力でしたし、多くのニューヨーカーに大変な衝撃を与えることになりました。これだけを取ってもオペラ『蝶々夫人』とは別質の魅力を備えた公演だということは、お分りいただけると思います。

 

さらにあの舞台はその上で、オペラ的な魅力まで存分に発揮する、渾身の大曲まで兼ね備えていました。

 

『愛の花 ~「マダム・バタフライ」より ~』です。ピンカートンと蝶々夫人の想いが刹那に激しく美しく交錯する、公演のメインテーマで、大変な難曲でもあります。帝都花組さんの『愛は永遠に』『愛ゆえに』とも比肩するような、公平先生渾身の作であると言えます。(帝都花組さんの舞台音楽を手がけられていた作曲家、田中公平先生には、リトルリップ・シアターの楽曲もお願いすることがありました。公平先生は長年オリジナルミュージカルの制作に情熱を傾けていらっしゃる方ですし、歌曲の作曲には格別の思い入れがあるご様子でした。端的に言って天才のお仕事だと思います。)

 

ですが、あの大曲が完成するには、ダイアナさんの解釈による新しいピンカートン像が不可欠でした。あれがなければ、結局はそれまでのマダム・バタフライと同じになってしまう。

 

しかしダイアナさんの解釈により、ピンカートン像に新たな風が吹いたことで『マダム・バタフライ』は革新的な舞台になりました。

 

そう、リトルリップ・シアターの『マダム・バタフライ』が大変な反響を呼び、後々まで評価をされ続けたのは、あのピンカートンあったればこそなんです。さらにその上に、九条昴という珠玉の蝶々夫人が相手を務める。手前味噌なようですが、あれは本当に革命だったと思います。

 

つまるところ、『マダム・バタフライ』公演を真の意味で別の次元まで引き上げるに至ったその要因には、昴さんによる蝶々夫人の格別のパフォーマンスだけではなく、ダイアナさんによるピンカートンの言葉のアクセントの選択があり、その人物解釈・演技解釈こそが鍵となっていたというわけです。

 

近年、エドワード・サイード先生が批判してやまない、西洋列強による植民地支配のためのツールとしての“オリエンタリズム”という、大変重要な考え方がありますが、あの『マダム・バタフライ』は、ピンカートン役に対して真摯な解釈を採用し、彼を徹底的に追い詰め、追い込んだという点において、欧米のエンターテインメントが一面的なオリエンタリズムから脱却するための、先陣を切った作品であったと、言えると思います。

 

蝶々夫人の魅力とカリスマ性は圧倒的に、しかしそもそも『蝶々夫人』という物語が本質的に内包している危うさ、つまり蝶々夫人(と彼女が標榜するところの、東アジアの小国)に対する、都合の良いお仕着せの幻想を打ち砕き、彼女を純朴かつ純粋な存在であると掲揚する構図の裏に存在する、そのスノビズムを暴き立てることで、ピンカートンの内面にあると同時に、観客の中にも存在する、東洋に対する「無意識的な差別意識」をも断罪する、先進的な舞台となりました。

 

だからこそ最近になっても、また新たな角度から再評価されてるわけですからね。

 

しかもそういった革新が、英国の流れを継いでいるダイアナさんから発せられたという意味では、欧米の自発的な内省から生じた態度であるということも言えるわけで、それが一層、その値打ちと意義を高めている… という風にも言えますし…

 

何よりそれが、あくまで良い舞台にしたいというダイアナさん、昴さんの、純粋な想いから発したことだということが、素晴らしいことだと思います。

 

結果的に、大変な説得力と影響力を持つ形で、リトルリップ・シアターオリジナルの『マダム・バタフライ』をお送りすることができました。

 

ディズニーの『ライオンキング』などの例を挙げるまでもなく、近年においても米国の映画では、悪役がキングス・イングリッシュを使っていることが多い傾向がございますけれども、それはもちろん、いかにも悪役風な人物に冷徹な威厳を持たせると共に、何かこう、複雑なニュアンスを醸し出したい、という気持ちの表れでもあると思います。

 

そこには、言ってしまえばダイアナ・カプリスコンプレックスと言いますか、あの「マダム・バタフライ」のダイアナさんのピンカートンのような感じ、のイメージが、無意識的なレベルでも脈々と受け継がれ、流れ込んでいるような気がしますね。

 

よろしければ、改めてそういう側面からも『マダム・バタフライ』、そしてそのテーマ『愛の花 ~「マダム・バタフライ」より ~』をご鑑賞いただけますと、我々としては、大変嬉しく思います。